弥生時代のお墓 前方後円墳の原型か?

 

奈良県橿原市の瀬田遺跡で前方後円墳の原型ともみられる「円形周溝墓」が見つかり、大和盆地では初めてということで前方後円墳の成立過程にかかわる貴重な発見として注目されているとのニュースを耳にしました。

 

この「円形周溝墓」は弥生時代終末期(2世紀ごろ)のもので、周囲を溝で囲まれた墓の本体は直径19mの円形、南側に長さ7mほどの陸橋が付属していて全体ではホタテガイのような形をしています。

 

大和政権の象徴ともいえる前方後円墳の起源については、これまでにさまざまな仮説が唱えられてきました。

 

瀬田遺跡がある奈良では、邪馬台国の候補地の一つである纒向遺跡周辺などに古い時代に造られた前方後円墳が集中していて、今回見つかったお墓はそれらの原型にあたる可能性があるとのことです。

 

邪馬台国の畿内説 vs 九州説にはそれぞれ説の柱があり、

 

≪畿内説≫は、邪馬台国の時代にはもう日本がまとまった国になりつつあり・・・だからその後、大和政権の成立が確認できる畿内(奈良)に邪馬台国があったのだ。

 

という主張と、

 

≪九州説≫は、邪馬台国の時代はまだ日本は各地の豪族たちがそれぞれの地方を統治していて、その中の一つである九州にある邪馬台国が魏に使節を派遣した。

 

という主張です。

 

このたび発見された前方後円墳の前身「円形周溝墓」が大和盆地の弥生時代終末期(邪馬台国時代と重なる可能性の高い)の遺跡で発見されたということは、2世紀ごろから日本は大和政権が成立しつつあり、邪馬台国と大和政権が近しい関係が証明されるのではないかということだと思います。

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