昭和天皇「拝謁記」

晴れのち曇り。

 

戦後、初代宮内庁長官を務めた田島道治さんが昭和天皇の言葉ややりとりの様子を詳しく残した「拝謁記」が見つかり、内容の一部が8月17日にNHK報道番組で紹介されました。日本史で昭和天皇は特異な存在です。大日本帝国憲法において〈国の元首にして、統治権を総覧〉であり、日本で一番の国難だった先の大戦で〈陸海軍を統帥〉する存在でした。

 

 

すでに公開された資料で、昭和天皇が苦悩されていたとの宮内庁関係者の日記は、いくつもあります。それを読んでいたので、この番組を観て大きな驚きはありませんでした。戦後から晩年、昭和天皇が苦悩に満ちた日々を送っていたという証言や記述はいくつもあり、この「拝謁記」に至っては、それらが肉付けされたような印象です。

 

この「拝謁記」以外で印象に残っているお言葉や証言はいくつもありますが、

 

◎(昭和天皇は)「おしん」では「その当時の女性の苦労というものを、察していましたが、当時はあまりよく知らなかった。苦労をしていたということは知っていましたけれども、それは非常に大ざっぱな感想しか、その当時は承知していませんでした。」と感想を述べた。

(「われらが遺言・五〇年目の二・二六事件」『文芸春秋』第64巻第3号、文芸春秋、1986年3月)

 

を、読んだ時はすごく衝撃を受けました。二・二六事件を起こした青年将校たちは、まさに「地方と中央(特権階級)の経済格差を解消したい」という気持ちが少なからずあったと思います。それでもその当時、反乱軍の青年将校を昭和天皇は許しませんでした。この事件後に当時の政党政治は崩れ「先の大戦」へと日本は突き進んで行きます。晩年、昭和天皇は2月26日を慎みの日とされたようです。暗殺された政治家や自分の側近のためか、それともその後に死刑になった主犯の青年将校のためだったのか、今にしてみれば昭和天皇しか知りえません。

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