日本のクラシックは「オタク」に殺されつつある・・・という記事を読んで

夕方から雨が降り出しました。

 

ネットのプレジデントオンラインニュースで「日本のクラシックは「オタク」に殺されつつある」という記事を、偶然読みました。大友直人さんの『クラシックへの挑戦状』(中央公論新社)の一部を再編集したものらしいです。大友直人さんは、国内外の名門オケを指揮されたかたです。2020年1月29日発のネットニュースでした。

 

特に、印象に残った文章は下記です。

 

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■「嫌いなものは認めない」人を増やしてしまった

 

しかしいつからか、音楽専門誌で書かれている評論は、極端にオタク的なものとなっていきました。もちろん、広い知識を持ち、適切な評論を発表する書き手もまったくいないとはいいませんが、アマチュアのそれこそオタクのような人か、音楽家志望だった中途半端な人たちや自称音楽ジャーナリストやライターが、あるときから増えてしまいました。それによって、一般の音楽愛好家がもう少し多くのことを知りたいと思ったときに、評論サイドの個人的嗜好を知らされるだけで本当に有益な情報を得られる場所がなくなってしまったのです。特に、初心者でこれからクラシック音楽を好きになっていこうとする人にとって、適切な情報や文章が提供される場は、ほとんどなくなりました。

 

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私は今ビーズアートの世界にいますが、「自身の主観と闘う」ことと「ビーズ業界全体をとらえた考えた方」が必要という両輪のはざまにいます。自分のクリエーターとしてのスピリットは、金子みすゞさんが詠んだ「みんなちがって みんないい」の一言につきますが、それは意識しなければ持ち続けられないスピリットのような気がします。

 

「私と小鳥と鈴と」 詩:金子みすゞ

 

私が両手を広げても

お空はちっとも飛べないが

飛べる小鳥は私のように

地べたを早くは走れない

 

私が体をゆすっても

きれいな音は出ないけれど

あの鳴る鈴は私のように

たくさんな歌は知らないよ

 

鈴と小鳥とそれから私 みんな違ってみんないい

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