舒明天皇の初葬墓説「強まった」?

 

舒明(じょめい)天皇の初葬墓「滑谷岡(なめはざまのおか)陵」とされる奈良県明日香村の小山田(こやまだ)古墳(方墳、7世紀中頃)の南端部で横穴式石室の羨道(せんどう)が見つかったと1日、橿原考古学研究所が発表しました。これまでの調査結果と合わせ、一辺約70メートルという全国最大級の巨大方墳と判明しています。築造も舒明天皇崩御の時期(641年)に近い640年ごろとわかり、橿考研は「舒明天皇の初葬墓である可能性が強まった」と見ているとのことです。

 

しかし、「舒明天皇は火災で飛鳥岡本宮から別の宮へ移った後、二度と飛鳥に戻らなかった。飛鳥の中心地に墓を造るとは考えにくい」とし、蘇我蝦夷説を推す声もあります。

 

この当時、大王(天皇家)と蘇我一族との関係の真実はよくわかっていません。舒明天皇の次代は皇后が皇極天皇となり、この時代に蘇我蝦夷の子・蘇我入鹿が中大兄皇子(のちの天智天皇)と中臣鎌足(藤原家の祖)に暗殺されるという乙巳の変が起こります。

 

一辺70mという飛鳥最大級の小山田古墳が、舒明天皇のものか蘇我蝦夷のものかどちらかが確定すれば、当時(飛鳥時代)の勢力関係も鮮明になってきます。もし、蘇我蝦夷のものであれば、蘇我一族は天皇家をしのぐ勢力があったと考えられます。もし、入鹿が暗殺されていなければ、蘇我家が日本の中心になっていた可能性もあり?

 

この時代は前方後円墳が大王家の象徴の墓とされていましたが、途中に山形・八角などのかたちがところどころはいっています。どちらなんでしょうか?

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新嘗祭

曇りで気温がだいぶ低くなり、北海道や関東では雪の模様。今日は午後から友だちがうちに来てくれました。その後、新大阪に移動して晩御飯を食べました。

 

 

11月23日は、国民の祝日に関する法律により 「勤労をたつとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう日」 と定められ、1948年から公布・施行されている祝日「勤労感謝の日」ですが、天皇が宮中三殿の近くにある神嘉殿にて、五穀の新穀を天神地祇(てんじんちぎ)に勧め、また自らもこれを食して、その年の収穫に感謝する宮中祭祀の一つ「新嘗祭」が行われる日でもあります。飛鳥時代の皇極天皇の御代に始められたと伝えられ、宮中祭祀のなかでもっとも重要な行事です。

 

新嘗祭までは新米を口にしない風習もあります。今年は長雨でしたが市場では新米が出回っていて、あらためて今年1年も穀物を作っていただいた方々に感謝しながら食べたいと思います。

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日本の石は「ヒスイ」

お昼までいい天気でしたが風は涼しく、窓を開けっぱなしにしませんでした。テレビでは、東京で行われたオリンピック・パラリンピック選手たちのパレードを放送していました。

 

 

日本鉱物科学会の法人化記念事業として、花こう岩、輝安鉱、自然金、水晶、ヒスイから「最も日本らしい石」を会員の投票で選び、ヒスイが選ばれました。

 

 

ヒスイは縄文、弥生、古墳時代にかけて勾玉(まがたま)などの宝飾品として珍重され、各地の遺跡から出土されていましたが、昭和初期までは国内の産地が見つかっておらず、出土するヒスイは大陸から持ち込まれたと考えられていました。

 

1939年に東北帝大理学部助手だった故・河野義礼さんが、新潟県糸魚川市で見つかった緑色鉱物の鑑定をし化学分析でヒスイと特定して、国内でヒスイが産出することを初めて確認されました。しかし当時は日中戦争の混乱下だったため、考古学史を塗り替える大発見だったにもかかわらず注目されませんでした。

 

ヒスイは、考古学関連の展示物でよく博物館で目にします。77年前の大発見が、こうして今につながるニュースになりロマンチックな気持ちにもなりましたし、嬉しくも思いました。

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国宝絵巻「鳥獣戯画」やっぱり絵の順序違っていた!

朝いちに大掃除で作業休日の日。17時ごろまで雨でしたが、今は夕焼けが見えます。

 

 

京都市の高山寺(こうさんじ)に伝わる国宝の絵巻「鳥獣人物戯画」(平安〜鎌倉時代、甲乙丙丁の4巻)の甲巻は、ウサギ、カエル、サルなどの動物を擬人化して描いた巻で特に有名です。

 

この甲巻は、中盤と後半の絵の順序が入れ替わっていたことが、2009年から4年かけて行われた大規模な修理で、絵を1枚ずつに分離し、裏打ち紙をはがして透過光で調べた結果わかったことが、9月に刊行された修理報告書「鳥獣戯画 修理から見えてきた世界」(勉誠出版、京都国立博物館編)で発表されたそうです。

修理を監督した一人の鬼原俊枝さん(元京都国立博物館列品管理室長)は、「絵巻の形になってから切り離されたのだろう。現在の16〜23枚目の後に、11〜15枚目が続くのが制作当初の順序と考えられる」とコメントされました。

 

この絵巻は、だれが何のために制作したのか今だに謎です。こういう手違いエピソードも作風から、ほほえましく思えてしまいます。明日4日から、九州国立博物館で公開が始まります。

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日本人が忘れてはならない日

国立沖縄戦没者墓苑(所在地:沖縄県糸満市字摩文仁)
写真:公益財団法人沖縄県平和祈念財団サイトより(http://heiwa-irei-okinawa.jp/)

 

今上陛下が 昭和57年8月7日に宮内庁の記者との会見で「日本人の忘れてはならない四つの日」として、昭和20年8月15日終戦の日、昭和20年8月6日広島の原爆の日、昭和20年8月9日長崎の原爆の日、昭和20年6月23日沖縄戦終結の日をあげられています。

 

今日は、沖縄戦の終結の日です。

 

先の戦争の歴史はどの日をとっても悲惨で2度と繰り返してはならない気持ちは強くあるものの、生まれてから平和な日本しか知らない私にとって、あらためて考えさせられる日としてこれらの四つの日は「平和」を願う貴重な日となりました。

 

ここに戦争が再び繰り返されないことを願い、亡くなられた戦没者の方々に対し心から追悼の意を表し、ご遺族に対して謹んで哀悼の意を表します。

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古墳にコーフン



すみません・・・。駄洒落を言うキャラではないのですが、興味のある方はどうぞ!

古墳にコーフン協会 http://kofun.jp/

4月23日から6月19日まで大阪府立近つ飛鳥博物館で開催される「古墳とは何か −葬送儀礼からみた古墳−」のチケットをヤフオクで182円で落札することができました。5月に友人と行く予定です。

わが国には、コンビニの数より古墳の数の方が多く存在しています。好きな古墳はやはり大仙陵古墳(私たちの年代は仁徳天皇陵と習いました)で、エジプトのクフ王のピラミッド、兵馬俑で有名な中国の秦の始皇帝墓陵に並んで世界大三墳墓の一つといわれています。はじめて航空写真を見たときは密集した住宅街に大仙陵古墳の木々が異空間のように存在し、目が釘付けになりました(近くでながめても大きすぎてよくわからないと思う・・・)。

仁徳天皇は記紀などで「民のかまど」の逸話が有名な聖帝といわれた天皇です。

「民のかまど」・・・難波高津宮の丘から人家を見てかまどから炊煙が立ち上っていないことに気づいた仁徳天皇は、3年間租税を免除し、その間は宮殿の屋根のかやさえふき替えず、服も新調せずに倹約に励んだという物語。

まつりごとのリーダーはこうでなくてはいけませんね。

 



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